津村さんのご意見.私も何かを伝えたいというモチベーションはないと書いたが,それは「読者の目を意識しない」という意図があったわけではないので.特に私も学生とはいえ肩書を背負って実名で情報発信をしている以上は読者の目はそれなりに意識しているつもりではあるし,発信した情報については責任をとる.その割には長文を書いたり「てにをは」がなってなかったりどぎつい表現があったりするが,それはすべて自分たち研究者が解決すべきインタフェースの問題である.また,ここは日々の記録という形態はとっているものの,私はどちらかといえば 「ネットを全体として使いやすいものに」「有益なものに」「自分はこういう目的を持っている」系
という立場である.ただ,自分の書いたものについて読み手にどのような解釈をして欲しいかといえば,それは読み手の自由でまったく構わないし,それ以上に自分の考えを押しつけることもできないししたくもない.むしろ発信される情報そのものがもつゆるやかな制約の中で,情報の解釈の余地があることこそがWebでの情報発信のメリットではないだろうか.
改めてブロガーに蔓延する「燃え尽き症候群」を読んでみると,燃え尽きの原因が読み手側の「教えて○○さん」という要求にあるような気がする.中には自意識過剰もほどほどにせい,という突っ込みをする輩もいるかも知れないが,「教えて○○さん」の声が数百人というオーダーになればそのような要求を無視できなくなるであろう.以前Weblog勉強会で「知識のある人がSNSに関わってくれないので困っている」という話があったが,原因はこのようなプレッシャーにあると個人的には思っている.この辺の詳しい議論は以前書いた通りで,特にビジネスとして無批判的に「SNSを導入すればうまくいく」と考えている場合は要注意であろう.まったり仲良くする場としてのSNSの存在価値は否定しないが,ビジネスとして利用するとこの手の問題に必ずといっていいほどぶつかると思う.
そう考えると,誰か手の空いている人が助けてくれたらそれでよい,という意味で「教えてえらい人」というフレーズはなかなか便利であろう.特定の「えらい人」に負荷をかけることもないし,質問する側も欲しい答えを時間をかけずに得られると期待できるので.もちろんそこまで簡単に互恵的な関係ができるほど世の中は甘くないのだが.
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