『ウェブ時代をゆく:いかに働き、いかに学ぶか』を読む.梅田氏の「ロールモデル思考法」は一ツ橋の研究関連で以前から引っかかるものがあったのだが,これを読んだり今回の国際会議で批判的思考とは何かについて考える機会があったりしたので,考えを深めることができた.
結論から言うと,ロールモデル思考法は「なりたい個性的な自分」の当たりがついている段階で慎重に考えるなら役に立ちうるが,多くの人間にとってはその段階以前のところで迷走しているので,いきなりロールモデル思考法に手を出すと危険ではないか,ということだ.
私のロールモデル思考と、あなたのロールモデル思考、また別の人のロールモデル思考は全く異なる。人の個性そのものであるからだ。
強調部分は鈴木による.そもそも,自身のキャリアの中で「個性」が発揮できている人間がどの程度いるのだろうか.野球を始めたての少年が「イチローみたいになりたい」というレベルのロールモデル思考*1しかできない人間の方が多いと思う.たった一人の人物をロールモデルとして選び妄信するのではなく
(中略) 人生のありとあらゆる局面に関するたくさんの情報から、自分と波長の合うロールモデルを丁寧に収集するのである
(強調は鈴木による)と梅田氏は主張するが,それは自分自身の能力について悩み抜き,深く考えていてこそ成り立つものであり,それができない段階では他者と比較しようにも「イチローみたいになりたい」という浅いレベルにとどまってしまうのではないか.このような思考は口で言うほど簡単ではないし,「たくさんの情報から丁寧に考えるんだ」というプロンプトだけで何とかなるようなものでもなかろう.
自分自身のもつ能力と,自分の置かれた環境との相互作用の中で,「自分に何ができるのか」を悩み抜いて初めて「個性」は明らかになるのだ.私がその際にとった思考法は「アンチロールモデル」思考法とでも呼べるものである.この場合の「アンチ」とはデザインパターンにおけるアンチパターンの「アンチ」と同じような意味で,ロールモデル思考法の逆を行くものといえる.つまり,「誰を見習ってはいけないのか」について考え,「自分が到底ついていけないと思う生き方や考え方」「自分の能力からして見習えない生き方」など,見習うべきでないロールモデルの選択肢を最初にどんどん消してゆくのである.アンチロールモデルの実名はさすがに出せないが,研究者としてのキャリア形成に関して,私が学生時代を中心に考えていたことを挙げてみる:
デイトレードや研究に関係があるのかわからないアルバイトに熱中し,ろくに研究を進めていなかったある博士の学生の姿を見て,「研究でメシを食おうと思わないで何が院生か」と思い,博士は奨学金とRAと研究につながりそうなアルバイトのみで食いつなぎ,研究に専念できる環境を模索した.
以前自身が作成したソフトウェアの仕様にいつまでもしがみつき,「まずそのソフトウェアが有用である」という根拠なき前提を置いて関連研究との比較検討をしなかったり,普及しそうにない動作環境を変えようとしない研究者を見て,「有用性を慎重な議論のもとで主張すること」「すでに普及している,ないし今後普及が見込まれる環境を前提に研究すること」に重きを置いた研究をしようとした.
「ユーザと同じ視点に立たねばダメだ」というある研究者の発言に反発し,エンドユーザとずれた視点から物事を考えることが大事と考えるようにした.
異分野との協同の際の考え方として,「工学の研究者はものづくりで頑張り,心理学の研究者がつくられたものを見て評価する」という役割分担で十分と考える数多の工学の研究者を見て,「人間をみる考え方も人工物を設計する考え方も両方持たねば絶対にいい研究はできない」と考え,協同する相手によりどちらにウェイトを置くかは大きく変わるが,両方の視点で研究できるような姿勢を常にキープするようにしている.
けなす対象は自分にとっての雑音にすぎない。それに関わり批判したり粗探ししている時間はもったいない
と梅田氏は主張するが,それはこのようなプロセスを通じて「自分に何ができそうか」という見通しが立ってからの話である.それができていない段階から他者の生き方を自分の考えのもとに褒めることなどそう簡単にはできず,単に「イチローみたいになりたい」という「イチローの生き方全体」への漠然とした迎合しかできないであろう.「『自分に何ができそうか』(ニッチと言い換えてもよいかも知れない)をアンチロールモデル思考により当たりをつける」「『自分に何ができそうか』をつかんだらロールモデル思考にスイッチして自分の生き方・考え方と同値ではないがサポートをするロールモデルを探し,具体的に自分に何ができるかを考える」という2つのフェイズの切り分けが実は大事なのではないか.
一ツ橋の研究も,この視点をベースに根本から考え直した方がよいのかも知れない.「研究者のロールモデルなんて考えるから面白いことができないんじゃないの? たとえば芸能人と自分と人生の比較とかしたら面白いと思わないか?」などという提案もされたのだが,そういうアプローチを無駄だとは言わないが本質的でない議論はしたくない.キャリア形成の捉え方,そしてインタラクションの設計にまだまだ考える余地があるし,それさえできあがれば何を素材にしても面白い研究にできると私は信じている.
*1 余談だが,私が野球選手をロールモデルにするなら,落合博満のプロ入り直後,岩瀬仁紀のプロ入り前(もう少しまとまった文章を別サイトで読んだ記憶があるのだが),山本昌のスクリューボール習得,渡辺俊介のアンダースローといった,上からのアドバイスがない,ないし役に立ちそうな気がしない状況下でバッティングやピッチングのフォームを模索した局面を候補にしたい.最近は業績の数を増やすことと対応可能な研究分野を広げることが目的で,すでにある程度進められた研究の中継ぎのような仕事がメインになっているが,また1から自分でテーマを決めて研究を進める場面に戻ってきたら考え直したい.
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